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dancyu編集長から学ぶ「伝える」と「伝わる」の違い

こんにちは!
チーム愛媛DX推進支援センターのスタッフです。

私たちの「高度デジタル人材シェアリング事業」では、5人の専門官が県内全20市町にさまざまな支援を展開しているほか、これまで全国各地から「その道のプロ」をゲストにお招きしての勉強会を開催しています。

このたび実現したのは、食の専門誌dancyu(ダンチュウ)編集長として知られる植野広生さんの講演食をテーマに学ぶ、DXに必要な「編集力」です。

12月8日の講演当日は、愛媛県内の自治体で広報や観光、移住といった分野の情報発信にたずさわる職員の方々が多数出席し、貴重なお話を伺いました。

今回の記事では、数多くのエピソードの中から「伝える」の先にある「伝わる」ための情報発信に焦点を当て内容を振り返ってみたいと思います。


植野広生(うえの・こうせい)さん
dancyu(プレジデント社刊)編集長。「日本一ふつうで美味しい植野食堂 by dancyu(BSフジ・2020年~)」のほか、「情熱大陸(毎日放送)」「プロフェショナル仕事の流儀(NHK)」などテレビやラジオに多数出演。食を通じた地域の活性化に取り組み、「土佐おきゃく大使」「誇れる宇都宮愉快市⺠」等としても活躍されています。
セミナー企画者:藤田専門官より
「DXと食の雑誌にどのような関係が!?」と思われるかもしれませんが、雑誌制作の現場にはDXに一番重要な「ユーザー本位」のヒントが隠されています。紙・デジタル関係なく自治体の「編集力」が必要とされる今、「伝える」だけではない「伝わる」ことの本質を学んでみませんか?

引き付けるテクニックと「仮説」

植野さん:メディアの編集長として、私が日頃から意識していることをお話したいと思います。

メディアに必要とされる力は、「企画力」「提案力」「編集力」という3つの力があり、それぞれ次のようなポイントに整理できます。

【リアリティがあること】

新聞や雑誌を見ていて、ちょっとした違和感を抱くことはありませんか?文章や写真に矛盾があると、情報にリアリティがなくなって読者が離れていってしまいます。

例えば和食懐石の特集では、食器の扱い方や並べ方といった基本ルールが大切です。ほんのわずかな撮影アングルの誤りやズレも、雑誌の世界ではすぐに売上に影響します。チェック段階で必ず「何かがおかしい」と気付き、違和感を取り除かなければなりません。

【相手が共有・共感できること】

雑誌で最も大切なのは表紙です。書店の滞在時間は年々短くなっていて、一瞬で印象に残る短めのデザインやタイトルが良いといわれています。

みなさんのお仕事も同じですね。つい長い文章で説明したくなりますが、まずは分かりやすいキャッチやビジュアルが必要です。

勝負のラインは、ぱっと目にしてからの「0.3秒」。一番シンプルに印象付ける方法は、結論を頭に配置することです。美味しいお店を紹介したいのであれば、店舗の外観ではなくおすすめの一皿から見せ始めなければなりません。

そして難しい判断にはなるのですが、当たり前すぎる情報は見てもらえないという問題もあります。

読み手をひき込むために狙うのは「1mm下」にある潜在意識です。「梅干しにはわさびが合う」と聞くと「試してみたい!」となりますが、「燻製した梅干しに、ごまとわさびを乗せて…」と説明すると、深い理解が必要となり共感されづらくなります。

【覚悟すること】

メディアの軸足をブレさせず、最終的な方向を指し示すこと。これは編集長としての私の覚悟です。

細かい進め方は担当者に任せていますが、全員が同じ方向を目指すことについては私の責任です。

みなさんのお仕事も、最終的な方向がしっかり示されているほうが皆ついてきやすいのではないでしょうか。

そして方向決めの際に重視するべきは「仮説」と「検証」です。特に「仮説」については、確固たる根拠がなければ成り立ちません。

単なる「美味しいお店」を紹介するのではなく、「誰とどのようなシチュエーションで訪れたい」美味しいお店なのか。同僚と会社帰りに立ち寄るお店、ふるさとの両親を連れて行きたいお店。目的や予算などの想定によって、それぞれ仮説は異なりますよね。

「自分ならこのお店に行きたい」と綿密にシミュレーションし、実証に耐えうる仮説へと落とし込むこと。情報が相手に「伝わる」ための根本であると考えています。

スタッフより:
講演終了後、ある参加者の方から「仮説どおりに人が集まらない。客層も想定とは異なる。このような事態を避けるには、どうするべきでしょうか」という質問がありました。

植野さんの回答は「それは仮説ではなく、単なる思い付きだったのでは?」。シミュレーションが不十分な状態では、理論的な仮説とは言えず、実証(=販売)のレベルに及ばないということです。

「悩むべきは『売れない』ではなく、『どんな仮説にするか』です」。舵取りの様子がよく分かる、印象的な一言でした。

行政サービスの対価を上げる

植野さん:dancyuの創刊は1990年。同じような雑誌がまだ存在しない時代でした。当時の特集を今あらためて読んでみると、怖い物知らずで編集した独特の面白さがあります。

秋というセオリーを無視して初夏に干物を作ってみたり、市場卸業者の所在地を地道な手作業で地図化してみたり。無知ならではの「雑な迫力」が企画を面白くしていて、編集者の高い「熱量(カロリー)」が伝わってきます。

「面白い雑誌はお金を払ってでも読みたい」と思うのと同じで、私は「最高に幸せを感じられるお寿司屋さんであれば3万円を払ってでも行きたい」と思います。「対価」という考え方です。

みなさんのお仕事に値札はないかもしれませんが、一人一人が対価を認識することがとても重要です。行政サービスの対価は、みなさんの熱量(カロリー)によって高められるからです。

特に、観光や移住といったホスピタリティを伴うサービスの対価は、そこで発せられる熱量(カロリー)に大きな影響を受けます。高ければ高いほど、県外や市外から足を運んでくるお客さんは「対価があった」「来てよかった」と感じるものです。

「こんなに頑張ってくれる人がいる」「こんなサービスを作ってくれた」…みなさんのパワーが対価につながることを、ぜひ心に留めていただければと思います。

スタッフより:
創刊当初の誌面には「異様な熱意と面白さがありました」と植野さん。食のプロから「何やってるの!?」と言われかねない尖った企画がたくさんあったそうです。

自治体のケースに置き換えてみても、パワーあふれる企画は「伝えたい」という気持ち以上に共感され、拡散されていくものなのかもしれません。

イベントの開催やプレゼントキャンペーンといった情報を普通に流すだけではなく、いかに自分たちの熱量(カロリー)を高めて発信していくか。

「情報発信は手段であって目的ではない」という植野さんの一言に、あらためて「伝わる」ことの意味を学びました。

「伝える」ではなく「伝わる」ために

植野さん:dancyuは企画を売るメディアです。独自の企画によってファンを集めることで、そのファンから新たな企画が提案され、次のファンの獲得へとつながっていきます。

メディアにとっての「ファン」とは、これまでの成果であり評価です。未来の新しい価値へと橋渡ししてくれる存在ともいえます。「買ってくれる」「好きでいてくれる」お客さんではなく、いかに「支えてくれるファン」を作るか。これがブランディングの成否にかかっています。

私自身もテレビ番組やSNSに出て情報を発信していますが、大切にしているのは「dancyuさん」という食いしん坊が自腹で行くなら、という視点です。

自分ごととしての価値を伝えることで、情報にパワーやリアリティが加味され、受け手の琴線へと響くのだと思います。これこそが「伝わる」情報であり、ファンになってもらうための出発点と言えるのではないでしょうか。

商品そのものを説明するのではなく、例えば漁師さんなら「私が水揚げした魚をこう食べてほしい」。広報の担当者であれば「私は地元の町をこう伝えたい」、あるいは「イベントに来てくれた〇〇な人には〇〇してほしい」。

インフルエンサーに頼んだりネーミングを考えたりするような工夫も大切ではありますが、まずは人格を想定して情報を発信すること。その姿勢こそが重要です。

スタッフより:
メディアとファンの関係に加え、藤田専門官や前田専門官にご担当いただいている「ユーザー本位」や「ペルソナ分析」といった研修につながるお話でした。

藤田専門官より:
植野さんのお話のように情報の発信側に人格を持たせるなど、相手が受け取りやすい状態にする工夫はいろいろな方法がありますよね。

また、情報の受信側に人格を持たせることで、相手への理解が深まり、情報の質が上がります。自治体に置き換えてみた場合、主な情報発信の受け手となるのは住民になると思いますが、住民に人格を設定すること(ペルソナ設定)で、より住民への理解が深まり、相手が受け取りやすい形で情報を届けることができます。

これが「伝える」先にある「伝わる」という状態ですね。

 あなたの「まち」も一つのメディア

植野さん:「メディアって何?」と聞かれたら、どのようなものを思い浮かべますか?一般的にメディアとは、広報誌やWebサイト、SNSといった媒体を指す言葉ですよね。

私自身は「物質的なものだけがメディアではない」と考えています。媒体やツールだけではなく、さまざまなモノや人、出来事といったすべてがメディアになり得るからです。

dancyuは、紙の雑誌・Webサイト・SNSのほかに、東京駅構内の「dancyu食堂」や2万人以上が訪れる「dancyu祭」、ファンが集う「食いしん坊倶楽部」などを展開していて、すべてが「dancyuというメディア」であると位置付けています。

雑誌で紹介した料理を実際に味わってもらったり、食の見本市となるイベントで生産者さんや行政、民間企業のつながりを作ったり。ファンに向けては「人生最高のステーキを焼く」「ウイスキーの熟成過程を味わう」といった食を楽しむ体験を提供しています。

一つの雑誌やイベント単体でとらえると、収益に問題がある部分もあります。ただ、メディア全体の宣伝広告費としてとらえると「安い!」と言えるかもしれません。

みなさんのお仕事は、地域住民の方々にとって絶対なくてはならないものです。「なくさないためには」「さらに強くするためには」…と、すでに考えていらっしゃるとは思うのですが、一度「メディアとは何か」と再定義してみてはいかがでしょうか。そこから何らかのヒントが得られるように思います。

食を通じた地域の活性化にしても「東京から有名なシェフを呼んでイベントを開いて終わり」では面白くないですよね。dancyuというメディア全体で考えれば、生産者にまつわるストーリーの紹介に始まり、東京を基点としたリアルな食体験の提供、ファンへのイベント告知や協力依頼…といったあらゆる方向へのプロデュースが可能です。

公金を使っている以上、年度や事業ごとの効果測定は必要でしょう。ただ、年度や事業の枠を超えて波及できるものでなければ、わざわざ企画する意味がありません。みなさんにはぜひ、従来の形にとらわれることなく、メディアの可能性を広げていただきたいと思います。

藤田専門官より:
「メディア」=「広報誌やSNSなどの情報発信ツール」と捉えるのではなく、自分たちの「まち」全体を一つのメディアと捉えてみると、全職員がメディアを構成する一員であり、情報発信の役割を担っていることになります。そして、すべての課の業務が一つのメディア(まち)をつくることにつながっているわけです。そう考えると、それぞれの業務の捉え方や意義が変わってきませんか?

スタッフより:
植野さんによると、「郷土料理を作ってくれるおばあちゃん」や「定食屋さんの一皿」なども強力なメディアになりうるとのこと。当たり前の日常も、少し切り口を変えることで「そこにしかないメディア」に変わるという可能性を感じました。

さいごに

情報が「伝わる」ために大切なこと。貴重なお話から学ぶことは多く、講演後の会場は熱気に包まれていました。植野さん、本当にありがとうございました。

スタッフの一人として、自治体職員の方々のお仕事を垣間見るときにいつも思うのは、厳格なルールの中であらゆる立場の住民に想いをはせ、多様な地域課題を確実に解決しなければならないという難しさです。

植野さんの「日常にある普通が素晴らしい」というお話は、誰よりも地域を見てきた自治体職員の方々だからこそ気付ける日常があるのでは、というエールのようにも聞こえました。

チーム愛媛DX推進支援センターでは、今回のような研修やオンライン・オフラインでの交流を通じ、悩みや課題解決のヒントとなるような情報を発信しています。活動の一部はnoteでもご紹介しておりますので、ぜひ注目していただければと思います。


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